2016年1月31日日曜日

神々を身近に感じる生き方、ヒンドゥイズム

広大なインドの、どの地域のどの村でも、

ヴェーダの伝統が残る場所に行って、

そこなへんにいるおじさんやおばさんに、

「神様はどこにいますか?」

という質問をしたならば、

必ず驚いてキョトンとした顔をされるでしょう。

なぜなら、

「ここにある全ては神様(バガヴァーン)」

なのですから。

神様のいないところなど、ないのです。


神様が多数存在しているのが多神教。

ひとつの神様が、私やあなたや、動植物とは別に存在しているのが一神教。

神しか存在するものはない、存在しているのは神のみ、というのがヒンドゥー教です。



ここにあるもの全て、木も花も、空も、惑星も、

うざい連れ合いも、憎いあの人も、全てはバガヴァーンなのです。

そして、私の身体も、食べ物も、それが変化した細胞も、それを可能にしている知識も、

私の生理機能も、私の全ての感情も、それを引き起こした全ての原因と、

それを可能にしている全ての知識も、全てはバガヴァーンなのです。


全てであるバガヴァーンは、全てであるがゆえに、

バガヴァーンの本質は、今ここに在る私自身なのです。


この事実をきちんと教えるのが、ヴェーダというサンスクリット語の文献です。


そして、こんなすごい事実があることを気付かせてくれるために、

いろいろな仕掛けを、日々の生活の中に仕組んでいるのが、

インド伝統の生活様式(ヒンドゥイズム)です。


宇宙にも、自分の中にも、周りの人々や動植物にも、

共通に存在している、さまざまな法則を、デーヴァター(神々)と呼びます。

この宇宙の全知識であるバガヴァーンを、

様々な側面から見て神格化したのが、デーヴァターです。


インド伝統の生活様式には、

毎日の一挙手一投足に、人生の全ての出来事に、

デヴァター(神々)の存在と、そのグレース(神々の成せる業)を認識させるために、

様々な仕掛けが、いたるところに仕組まれています。


これらの仕掛けは「祈る」という行為によって作動します。


祈ることによって、様々なデーヴァター達が姿をあらわしてくるのです。

つまり、今まで当たり前だったものの中に、神々を認識できるようになるのです。


ヴェーダの伝統生活では、朝から晩まで祈り続きです。

朝起きたとき、ベッドから降りるとき、お風呂に入るとき、

太陽礼拝をするとき、 テンプルにお参りするとき、食べるとき、勉強するとき、、、

祈る機会が盛りだくさんです。

そうやって祈っていると、
 
掌に、地面に、お風呂の水に、足首に、テンプル(寺院)に、祈りのことばに、

食べ物に、消化機能に、自分の知能に、先生に、全てに宿っている神々が、

ちょこちょこと顔を出してくるのです。

つまり、私たちの認識の中に入ってくるのです。



朝起きたら、自分の掌を見て、掌に宿る女神たちを見るためのお祈りを捧げます。

自分が造ったり、奏でたり、書いたり、描いたり、撫でてあげたり出来るのは、

この宇宙を動かしている女神たちのシャクティ(能力)の表れなのだと、

祈りを通して、認識できるようになるのです。


ベッドから起きて、初めて地面を踏むときは、この豊かな地球そのものである、

ラクシュミー女神に、足で触れてしまうことへの許しを得るための祈りを捧げます。

この地球上にある全ての富とは、ラクシュミーの表れであると認識し、

彼女の法則に沿って豊かに生きることを学びます。



祈りについて語りだしたら切がありません。

こちらの図書も参考にして下さい。


このトピックはまだまだ続きます。

予定しているタイトル:

ヒンドゥーの神々の様々なフォルム(色・形)について

幾多もある神々の名前(ナーマ)について

2017年9月に、今教えている3年コースが終わり、私の体が少し自由になるので、

その時に、ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマの意味を、

日本の皆さんとシェアしたい!と思っております。

2016年1月6日水曜日

2016年 お正月の祈り

 

明けましておめでとうございます。

今年の元旦は、こちらのダクシナームールティ・テンプルで、

早朝に執り行われる、ニッティヤ・プージャーに参加し、

世界中の人間と動植物の平和と、

お祈りをしますね、と個人的に約束をしたひとりひとりについて

幸福をお祈りしました。


自分も含めた世界中の人々の幸せを祈ることは、

自分の考えも、自分の心も、

全世界人口並みに、全宇宙並みに大きく育ててくれます。


深く先のことまで考えたり、思いやりを持てたりする、

特別な能力を持った心を与えられた生命体を、人間と呼びます。

しかし、目先の損得勘定や恐れから、

人間の特権である、考える力や思いやりを、

いとも簡単に放棄してしまうのも人間です。


そして、考えや心を小さくしてしまうのです。


私の話す言葉のひとつひとつが、

世界中の人々と動植物の幸福と調和したものでありますように。

 私の一挙手一投足が、

世界中の人々と動植物の幸福に貢献できますように。


祈ることは誰でも出来ます。

今年も、祈り続け、多くの人に祈りについて知ってもらえる活動を続けます。

2015年11月3日火曜日

印刷版『祈りの理論&サンスクリット語の祈りのことば』も発刊しました!

アマゾンで販売開始しました

おかげさまで、アーユルヴェーダのカテゴリーで
ベストセラー1位です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持った人が

一番始めに習う祈りのシュローカを集めました。


色がこのサイトとマッチしていますね。

ランゴーリ、テンプル、ディーパ(ランプ)の灯りをイメージしました。

*****

私、Medha Michika の著書の売り上げは全て、

アシュラムへの寄付と、教科書の作成・印刷・配布に使われます。

*****

これからも、より多くの人に、祈りについて知ってもらい、

世界中の皆の幸せに貢献出来ますように。

祈りを込めて。



私は日本でも、お祈りをしにお寺や神社、

ご先祖様のお墓を訪れることはありましたが、

毎日の習慣として、そして自己成長の手段として

お祈りを教えてもらったのはインドに来てからでした。

そして、祈りが、私の手をとって正しい方向へ導き、

時間を掛けながら私の人生を変えてくれました。

でも、祈りはインドにいなくても、どこに居ても出来ます。

私がインドに来る前、日本やアメリカで働いていたときに、

祈りについてもっと知るきっかけがあったら、

誰かに教えてもらっていたら、

祈りという、もうひとつの幸せになる手段、自己成長の手段があることを、

知っていたら良かっただろうな、と思います。

そういう思いでこの本を著しました。


最初の理論の部分は、祈りを日本語で紹介することについて、
プージャ・スワミジに相談した際にいただいたアドヴァイスを反映させました。

私がプージャ・スワミジの元で学んだ、ヴェーダの伝統のスピリッツが、
端々にまで浸透している一冊です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトでまとめました。


それぞれのシュローカについて、祈りの目的の紹介、サンスクリット語の単語一語一語に関しての対訳、そして全体の訳、さらに発音のポイントを説明しています。

さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」「神様を信じる必要はある?」といった、祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、全て理論的に答えています。

幸せの意味、ヨーガの意味、といったコラムも挿入しました。

内容紹介

祈りは、幸せになりたいという望みを表現する行為です。
行為であるがゆえに、必ず結果を生みます。

第一部祈りの理論では、
「祈りとは何か」「誰に祈るのか」といった疑問対して、現代人の腑にすっと落ちる理論的な回答・解説をしています。

第二部サンスクリット語の祈りのシュローカ(詩句)では、
古来インドにおいて口伝で受け継がれてきたサンスクリット語の祈りの詩句を、一語一語ていねいに、伝統に沿って解説しました。

(印刷書籍版ページ数:108ページ)

目次

第一部 
祈りの理論
一、 祈りについて
1) 祈りとは 8
2) 行為とは 14
3) 自由意志とは 16
4) 自由意志が最も自由な行為、祈り 21
5) 祈りは必ず結果を生む 22
6) 祈りによって得られるもの(ベネフィット) 22
7) 祈りについて知ることが、祈りの効果を高める 25
8) 誰に対して祈るのか 25
9) 何を祈るのか 28
10) どうやって祈るか 32
11) 集合的な皆の祈り 36
12) 祈りのある生活 36

二、 サンスクリット語の祈りについて
1) ヴェーダとは 37
2) 祈りに関する知識 37
3) デーヴァターとは 38
4) デーヴァター達の姿かたち 38
5) ナマハ、ナマスカーラ 39
6) サンカルパ 40
7) マントラとは 41
8) シュローカとは 41
9) シュローカの意味 41


本書の発音と表記について 43


第二部 
サンスクリット語の祈りのシュローカ

1. ガネーシャへの祈り 48
2. サラッスヴァティーへの祈り 50
3. 先生への祈り 52
4. 文献の勉強の前にする祈り 54
5. 平和を願う祈り 60
6. 朝起きたときの祈り 68
7. お風呂に入るときの祈り 70
8. 食事の前の祈り 72
9. 一日を通しての祈り 74
10. 就寝前の祈り 78
11. 祈りの最後に唱えるシュローカ 80

付録1: ガネーシャへの祈り 88
付録2: ヨーガ・クラスの始まりの祈り 91
付録3: スーリヤ・ナマスカーラ・マントラ 96

全シュローカ集 99


= コラム目次 =
コラム – 1: 生まれてきた意味 67
コラム – 2: 幸せの意味 84
コラム – 3: ヴェーダが教える幸せの意味 86
コラム – 4: ヨーガの意味 87
コラム – 5: 人助けは自分の成長を助ける 90
コラム – 6: 思いやり、アヒムサー 94
コラム – 7: 祈りの作法と習慣 98


より多くの人の幸福と平和に貢献できますように。
祈りを込めて。

Medha Michika


アマゾンでのMedha Michikaの著書一覧

Medha Michikaの著書

も参照ください。

2015年10月25日日曜日

新刊のお知らせ: 祈りのKindle本を出版しました



私は日本でも、お祈りをしにお寺や神社、

ご先祖様のお墓を訪れることはありましたが、

毎日の習慣として、そして自己成長の手段として

お祈りを教えてもらったのはインドに来てからでした。

そして、祈りが、私の手をとって正しい方向へ導き、

時間を掛けながら私の人生を変えてくれました。

でも、祈りはインドにいなくても、どこに居ても出来ます。

私がインドに来る前、日本やアメリカで働いていたときに、

祈りについてもっと知るきっかけがあったら、

誰かに教えてもらっていたら、

祈りという、もうひとつの幸せになる手段、自己成長の手段があることを、

知っていたら良かっただろうな、と思います。

そういう思いでこの本を著しました。

とても縁起の良いヴィジャヤ・ダシャミー(विजयदशमी [vijayadaśamī])の日に、アマゾンで電子書籍を出版しました。

追記: 紙の書籍版もアマゾンで発売開始しました。

最初の理論の部分は、祈りを日本語で紹介することについて、
プージャ・スワミジに相談した際にいただいたアドヴァイスを反映させました。

私がプージャ・スワミジの元で学んだ、ヴェーダの伝統のスピリッツが、
端々にまで浸透している一冊です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトでまとめました。



 こちらはKidle版です。(iPod, iPad, Androidでも読めます。)

追記: 紙の書籍版もアマゾンで発売開始しました。

それぞれのシュローカについて、祈りの目的の紹介、サンスクリット語の単語一語一語に関しての対訳、そして全体の訳、さらに発音のポイントを説明しています。

さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」「神様を信じる必要はある?」といった、祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、全て理論的に答えています。

幸せの意味、ヨーガの意味、といったコラムも挿入しました。

内容紹介

祈りは、幸せになりたいという望みを表現する行為です。
行為であるがゆえに、必ず結果を生みます。

第一部祈りの理論では、
「祈りとは何か」「誰に祈るのか」といった疑問対して、現代人の腑にすっと落ちる理論的な回答・解説をしています。

第二部サンスクリット語の祈りのシュローカ(詩句)では、
古来インドにおいて口伝で受け継がれてきたサンスクリット語の祈りの詩句を、一語一語ていねいに、伝統に沿って解説しました。

(印刷書籍版ページ数:108ページ)

目次

第一部 
祈りの理論
一、 祈りについて
1) 祈りとは 8
2) 行為とは 14
3) 自由意志とは 16
4) 自由意志が最も自由な行為、祈り 21
5) 祈りは必ず結果を生む 22
6) 祈りによって得られるもの(ベネフィット) 22
7) 祈りについて知ることが、祈りの効果を高める 25
8) 誰に対して祈るのか 25
9) 何を祈るのか 28
10) どうやって祈るか 32
11) 集合的な皆の祈り 36
12) 祈りのある生活 36

二、 サンスクリット語の祈りについて
1) ヴェーダとは 37
2) 祈りに関する知識 37
3) デーヴァターとは 38
4) デーヴァター達の姿かたち 38
5) ナマハ、ナマスカーラ 39
6) サンカルパ 40
7) マントラとは 41
8) シュローカとは 41
9) シュローカの意味 41


本書の発音と表記について 43


第二部 
サンスクリット語の祈りのシュローカ

1. ガネーシャへの祈り 48
2. サラッスヴァティーへの祈り 50
3. 先生への祈り 52
4. 文献の勉強の前にする祈り 54
5. 平和を願う祈り 60
6. 朝起きたときの祈り 68
7. お風呂に入るときの祈り 70
8. 食事の前の祈り 72
9. 一日を通しての祈り 74
10. 就寝前の祈り 78
11. 祈りの最後に唱えるシュローカ 80

付録1: ガネーシャへの祈り 88
付録2: ヨーガ・クラスの始まりの祈り 91
付録3: スーリヤ・ナマスカーラ・マントラ 96

全シュローカ集 99


= コラム目次 =
コラム – 1: 生まれてきた意味 67
コラム – 2: 幸せの意味 84
コラム – 3: ヴェーダが教える幸せの意味 86
コラム – 4: ヨーガの意味 87
コラム – 5: 人助けは自分の成長を助ける 90
コラム – 6: 思いやり、アヒムサー 94
コラム – 7: 祈りの作法と習慣 98


より多くの人の幸福と平和に貢献できますように。
祈りを込めて。

Medha Michika


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2015年9月25日金曜日

ブー(大地)・サマーディ


ブー(大地)・サマーディの儀式は、ガンガー・スナーナ(沐浴)で終わります。

ヴェーダの祈りの儀式は、それを実行する人を正しい方向へ前進させる深くて強い心理効果を与えてくれます。

はるばるタミルから来たスワミジ御用達のヴァイディカの司祭に付き添われて沐浴を済ましたリシケシ・アシュラムのスワミジに続き、皆で続々とガンガーに入ります。

冷たいガンガーの水が、この1ヶ月のリシケシでの時間に区切りを付けてくれました。

ガンガージーは、数千年前と同じように、今日も流れ続けながら、祈る人の心を綺麗に洗い続けています。


スワミジが愛する場所、私の新しい人生が始まった場所、何千年も聖人たちが瞑想をしてきた場所、リシケシで過ごしたスワミジとの最後の1ヶ月は、寝ても覚めても祈りの中にありました。

祈ることと祈りの意味を教えてくれたスワミジの近くでこのように一日中祈る機会を与えてもらい、この祈りという行動からさらに沢山のことを学ばせてもらいました。

スワミジのようなサンニャーシンのマハー・サマーディには、普通の人のように、「ご冥福をお祈り」する必要はありません。

普通の人は、魂(個の意識)が体を手放したら次の体を得て天国に行ったりまた人間になったり他の動物になってみたりします。

一方、自分の意味がここにある全てである人は、全てであるゆえに、何にもならないし、何処へも行きません。

ブランマ・ヴィディヤーの先生として、イーシュワラの祭壇として、プージヤ・スワミジの身体という形で私達の目の前で教え続け与え続けてくれていたけど、今日の儀式でその身体は全体に帰り、スワミジの栄光はそれを讃える人の上に降り注ぎます。


2015年4月20日月曜日

9.嫌いな人の幸せの為に祈ってあげる

蓮の花は、泥沼の中で育ちますが、
つぼみの中は何にも触れられずに、無垢のまま美しく育ちます。
蓮の葉は、完全に水をはじき、泥水に触れらることがありません。


負の連鎖を断ち切る簡単で確実な方法


自分を傷つけた人、

自分に敵意を持っている人、

自分の平和を脅かしそうな人、


でも、共存していかなければならない人、


そんな人がいたら、あれこれ心労する前に、

まず一番に、その人の幸せの為に祈ってあげるのが、

負の連鎖を断ち切り、平和に共存する為の賢い方法です。

正しい機会があれば、その人に自分が祈っている旨を伝えることも良いことです。



自分自身や自分の親しい人、そして一般的に皆の為に祈るのは難しいことではありませんが、

嫌いな人の為に祈るって?

と思う人もいるかもしれませんが、

これは道理に適っていて、平和的共存にとても有効な手段です。



周りの人間や動植物に危害を与えようとする人というものは、

一様に「幸せでない人」です。

だから最初は、その人が幸せになって、そして周りに危害を与えなくなるように、

祈ってあげればよいのです。



悲しみや怒りを感じられる自分を、誇りとする


人間関係の悩みにはきりがありません。

全うで理に適った背景があるなら、

誰かに関して悲しみや怒りを覚えることは悪いことではありません。

悲しむべき事を悲しいと感じられ、怒るべき事に怒りを感じられる、

そんな繊細な感性を持った自分を、誇りに思っても良いくらいです。


誰かの成功や優れた点をみて、嫌な気持ちになっている自分がいたら、

嫉妬してる自分も可愛いけど、自分はもっと大きい存在なんだ、という教えを

もっと深く理解する必要性を見出さなくてはいけません。


自分がいかに大きいか、という知識を知る必要性


大国の大統領でも、大企業のCEOでも、誰だって、その人の世界観は、

「自分 VS 世界」です。

勝ち目は到底無いくらい、「自分」とは小さな存在です。

普通の一般人として生きていたら尚更、「自分」とは、取るに足らない位、

統計に数えられているのかも分からないくらい、小さくて儚い存在です。

意地悪をされたり、裏切られたり、悪口をいわれたり、

良い意見を持ってもらえなかったり、無視されたり、

他者からの反応に多大に左右してしまう、そんな小さくて儚い存在です。


ヴェーダの文献は教えます。

「あなたとは宇宙と違わない存在なのですよ。」

「あなた自身の存在は、その小さな身体や心ではないのですよ。」

「あなたこそが、宇宙に存在を与えている、無限の存在なのですよ」

これらの教えは、信じる為の教えではありません。

理解する為の教えです。

伝統を知っている先生なら、きちんと、論理的に、丁寧に教えてくれるはずです。

伝えるべきことが伝わっている、だからこそ「伝統」なのです。

伝統を重んじないヴェーダーンタや、大学の講義では、

「伝統」の知識は教えられていません。


自分の存在について、知れば知るほど、周りの意見など取るに足らなくなってきます。

無知にまみれた周りの人達が、自分をどう思い、どう扱うかよりも、

自分が自分をどう理解し、自分と周りをどう扱うか、が重要なのです。


祈りの習慣


自分の為、自分の周りの人の為に祈ることはとても簡単です。

知らない人も含めて、皆の為に毎日祈ることも、難しいことではありません。

自分の幸せと皆の幸せを、日常的に祈る習慣があれば、

嫌いな人や敵対する人に祈ることは、皆の幸せへの祈りの延長なので、

難しいことではありません。

嫌なことがあった時、加害者の事をずっと考えてしまって、

長い時間心を乱されることは、健康な人間によくあることです。

心を乱されている時間のかわりに、その人の幸せを祈ることが出来ます。


被害者からウェル・ウィッシャー(その人の幸せを祈る人)への成長


祈っているうちに、その人が嫌なことをしてしまうバックグラウンドに同情し、

自分が加害者から、ウェル・ウィッシャー(幸せを祈る人)という大きな立場へと育ちます。

特に、自分が傷ついたことに関して、どうしても解決しない感情こそ、

傷つけた人に対して、幸せを祈ってあげることが、自分の中の状況の展開を生みます。


まずは、自分自身が「私は幸せになりたい!」ときっちり認識することが一番大切です。

「その為に何がどうなればOKなのか」という点をはっきりさせようとする習慣も必要です。



賢く生きる方法としてのスペース


自分の心を乱す人達からは、

物理的・精神的距離を充分置くのが、賢い生き方です。

そんな人達だって、誰だって、幸せに生きる権利はあります。

この世には広い広いスペースがあるのですから、

彼らには彼らのスペースを与えて、自分には自分のスペースを与えるのです。

他の人の意見や行動が、自分の平和に影響を与えていることを許しているのは

自分に他ならないのですから、何よりも、精神的なスペースをとること、

つまり精神的に自立することを学ぶしかありません。


その人が家族や会社、地域の一員である場合でも、

あからさまでも構わないので、スペースを置くことは出来ます。

問われたら、「自分には距離が必要」と言って分かってもらえる場合もあります。


しかし、常に顔を合わして共存していかないといけない場合は、

毎日その人の為に祈る習慣をつけるのが良いでしょう。

機会があれば、その人の幸せを祈っていることを優しく伝えるのも良いでしょう。


自分の為に祈ってくれている人に対して、悪く思う人はいません。

別に大の仲良しにならなくとも、互いに乱さずに、心地の良い距離を保てば良いのです。

その為にも、相手に対して祈る、という行為はとても有効です。

家内安全、快適な職場作り、そして世界平和も、

まずは相手に対して幸せを祈ることから始まります。

負の連鎖が続きそうな時こそ、「相手の幸せを祈る」ことが状況を打破させるのです。



追記:

感情は意識的に変えたりすることは出来ません。

その上、感情をコントロールしたり追いやったりするのはとても不健康です。

しかし、感情をどう表現するかは、意識して選択することが出来ます。

「相手の幸せを祈る」といった、有効な感情の表現の仕方、

「相手や自分を傷つける思想にふけり、その言動とをる」といった、

余計に状況を悪くして、負の連鎖を起こす感情の表現の仕方、

それぞれをよく知り、意識的に選択し、うまく表現する習慣を身につけるのは、

自分の精神的成長にとても役立ちます。


感情を否定したり、コントロールしようとするのは、

精神的に不健康なので、絶対にお勧めしません。

全ての感情はプラサーダム(授かり物)です。

感情に「ネガティブ」と名づけて自己嫌悪になったり、

「ポジティブ」と名づけて現実と直面出来なくなったりするのは、

最近の無責任なスピリチュアルな教えの結果です。



<< 祈りのステップ 目次へ <<

祈りは誰にでも出来る、願いを表現する行為です。

祈りに関する疑問に答えながら、祈りという行為について、
ステップごとに解説します。



関連記事:プージャスワミジが話してくれた、「サルヴェー バヴァントゥ スキナハ」の意味


アヒムサー(अहिंसा [ahiṃsā])について







サンスクリットの表記文字を勉強するのにも、良い学習教材が無い!
と常日頃思っていたので、自分で作りました。



     ・ ひとつひとつの音について、発音の口の動かし方の説明
     ・ 音の一覧表
     ・ 複合子音の発音と表記
     ・ ヴィサルガの発音
     ・ アヌッスヴァーラの発音
     ・ 用語一覧





   
 祈りの理論&サンスクリット語の祈りのことば

 ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
 まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトで
 まとめました。

 さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」
「神様を信じる必要はある?」といった、
 祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、
 全て理論的に答えています。



サンスクリット語やヴェーダーンタを、より多くの人に、
わかりやすく説明した本を多数発行しています。

2015年3月30日月曜日

チャンドラーヤナ(चन्द्रायणम् [candrāyaṇam])

タパス(自制行為による祈りの方法)の中でも、

一番強力と言われるのが、「チャンドラーヤナ」と呼ばれる断食方法。


マハーバーラタでも、シャンカラーバーシャでも、

極端な「プラーヤスチッタ(パーパを中和する方法)」として出てきます。

彼らの視点で極端なのだから、現代人の私達が気軽に真似できるものでは無いのでしょうね。


内容はこんな感じです。

満月の日から始める。 食べる量は普段と同じ。

普段の量を15で割った量を把握します。

満月から1日目    15分の14を食べる

満月から2日目    15分の13を食べる

満月から3日目    15分の12を食べる

… このように15分の1ずつ減らしていく

満月から14日目   15分の1を食べる

新月の日       完全断食(水だけ)

新月から1日目    15分の1を食べる

… このように15分の1ずつ増やしていく

満月の日       普通の食事



という内容らしいです。


あくまでも、こういうのが文献にある、という話です。

読者に実行をお勧めしているわけではありませんからね~。私はお勧めしません!

実施したければ、お医者さんに相談して、ちゃんとアドヴァイスに沿ってくださいね。


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