2015年3月20日金曜日

ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムについて

विष्णुसहस्रनामस्तोत्रम् [viṣṇusahasranāmastotram]

ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムとは


ヴィシュヌ神の1000の名前を、

108のシュローカにまとめたストートラムです。

北インドでも南インドでも、インド全国で広く愛されているストートラムです。

こちらのアシュラムでも、プージャスワミジの健康を祈って、

持続の象徴であるヴィシュヌのストートラムを毎晩チャンティングしています。

また、エーカーダシーの日にもお勧めです。

発音が難しいストートラムですが、聞くだけでも効果があります。



どうして1000もの名前が一人の神様にあるの?


なぜなら、「神様」というものに対する勘違いが、1000も、

というよりは、数え切れないほど沢山あるからです。


全てはひとつのバガヴァーン


ヴィシュヌも、シヴァも、ドゥルガーも、ガネーシャも、

全ての神々は、一つのバガヴァーンの現われです。

この宇宙そのものが、あなたの身体と心も含めて、

一つのバガヴァーンの現われなのです。

このバガヴァーンを正しく理解する為に1000もの名前を使って

教えてくれているのが、ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムなのです。

逆に言うと、このようにわざわざ教えられるということは、

この宇宙全体について、そして自分達がどう宇宙と関わっているのか、

ということについて無知があるということです。


なぜバガヴァーンについて知ろうとするのか?


私達は、誰かと関係を深めるとき、その人について知ろうとします。

その人について知れば知るほど、その人とどういう関係を結ぶべきなのかがわかり、

そして、良い関係が深まります。

隣に住んでいて、毎日顔をあわせているけど、素性をぜんぜん知らない人がいたとします。

知らないうちは挨拶程度だったけれども、

何かのきっかけでその人のことを知ることになりました。

実はその人は大資産家で、世界中、いや宇宙中の富と資源の持ち主だった。
「ヴィシュワ(विश्वम् [viśvam])1番目の名前」
「ラクシュミーヴァーン(लक्ष्मीवान् [lakṣmīvān])361番目の名前」

そんな人とは良い関係を保って、お願いを聞いてもらったり、

悩みを聞いてもらったりもしたいですね。

その方法が「祈り」です。

バガヴァーンは「全て」なので、あなたの祈りはバガヴァーンの表れでもあるのです。


ヴィシュヴァ(全宇宙の)ルーパ(形として)・ダルシャナ(姿を見せる)の図。
炎に飛び込む蛾のように、ありとあらゆる者が破壊されるのを見て、
恐れおののくアルジュナ(左下)。
右下は、クリシュナに普通の姿に戻ってもらって喜んでいるアルジュナ。(ギーター11章51節)

どのようにしてバガヴァーンが全てなのか?


地球が軌道に沿って回っている。水は100度で沸騰し、0度で凍る。

私は愛されると嬉しいし、けなされると悲しい。

これらの物理学的、生理学的、心理学的といった全ての法則の知識は、

全てバガヴァーンのものであり、寸分の狂いも無く、ただ現れ続けます。
「サルヴァッニャ(सर्वज्ञः [sarvajñaḥ])453番目の名前」


祈り続け、もっと知り続けると、

あなたとバガヴァーンの間の距離が0(ゼロ)であることに気付きます。
「ヴィシュヌ、あまねく浸透する者(विष्णुः [viṣṇuḥ])2番目の名前」


何にどれだけ頼れるのか?


頼りになるもの、安心させてくれるものとは何でしょうか。

お金、人間、会社、政府、権力、、、

それらは、あればあるだけの便利性と安心を与えてくれます。

しかし、それらには全て限界があるということも知っています。

もしそれらが100%頼りになるものだと信じていたとしても、

遅かれ早かれ、それらの限界を思い知らされる出来事に見舞われます。

人生と言うものは、そういう教訓を与えてくれます。

それを教訓と受け止めずに同じ失敗を繰り返すのも人間ですが。


頼るべきでないものに頼っているから問題は続く


お金も人間も、全てには限度があります。

1万円のお金は、1万円分は頼りになりますが、10万円分の頼りにはなりません。

1人の人間は、その人の優しさ分だけは頼りになりますが、

スーパーマン分の頼りにはなりません。その人だって誰かを頼りにしているのです。

限界のあるものに、100%寄りかかろうとするのは、

発泡スチロールで出来た柱に全体重をかけて寄りかかっているのと同じです。


本当に頼るべきもの


しかし、何かを頼りにして、安心出来る支えがないと、

私達は精神的に健康に生きていけません。

お金でも人間でも何でも、頼れるものには頼るべきだけれども、

それぞれの限界をきちんと知っておく。

お金はそれ以上でもそれ以下でもない。

人間もそう。

その限界を作っているのは?

お金がお金であるという、原理とその知識。

とても複雑に出来ていて、それゆえに限界だらけの人間の身体と心。

それは生物学的、心理学的知識の塊です。


バガヴァーンの絶対不確実性を理解して、はじめて本当のリラックスがある


人間や社会に絶対確実性を求めることは出来ません。

しかし、この不確実性を作っている、あらゆる法則の集まりである全知識は、

絶対確実性のもとに作用しています。

手から離れたりんごが絶対確実に落下するように。

この絶対不確実な法則の全知識「サルヴァッニャ(453番目の名前)」が、

バガヴァーンなのです。

このようにして、バガヴァーンというものは認識するものなのです。


祈りの文化、それは個人一人ひとりが考える為の知識の文化


幾多の神々の幾多の姿、サンスクリット語の幾多の名前、

それらはひとつひとつには全て、説明すれば終わりが無いほどの知識が詰まっています。

それを紐解き、意味を深めるのが祈りのある生活です。

ただただ迷信的に偶像を崇拝しているのでは無いのですよ。




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